カスタネダ・無限の本質 マトの書感想文:book review-03

the active side of infinity

無限の本質・呪術師との訣別
The active side of Infinity/Carlos Castaneda
★禁!・・・無断転載・流用。

■正直、こうして感想文を書きはじめている今でも、迷っています。このカスタネダの遺作で呪術師シリーズの最終作である「無限の本質」の感想は、1984年から22年間付き合ってきた私のカスタネダへの総評であり、また私自信の人生の総括にも関連するからです。結論から言えば、依然としてカスタネダの事も、この世界も曖昧なまま、霧の中に 見え隠れする実像を掴みかねていますが、おぼろげながらも、ある、焦点に永年求めていたイメージが像を結びつつあります。それが何なのか、以下思いつくまま記してみます。

この遺作で、いままでの著作の中で不明瞭だったいくつもの部分がその、相関も含め焦点を結んできました、その見えてきたモノに、ある意味で驚愕や恐怖・・そして疑念?も感じます。カスタネダが人類学のフィールドワークで始めた呪術師・ドンフアンの記録ノートから彼が37年を経てたどり着いた最終地点:遺作はスタート地点からあまりにも異なる想像の彼方の世界であることは確かです。

ただ、永年の愛読著者への教養体験を共にした??好意的な見方をすれば、この遺作がこれからの人類にとっての知覚・知恵・そして、哲学・精神心理学・脳科学・分子生物学・遺伝子DNA医学・量子物理学・天文学・複雑系・・などの諸科学や宗教・民族学や文化・経済学などとの学際を超えた・・、「最前線」に鋭い、新鮮で切実な接点を持っていると直感で判るのです。おそらく、世間の従来常識であれば・・・・・・・・・「トンデモ」「オカルト」のたぐいの世界と思われていた、「意識や神?」について、全く新しい呪術師の側面からのアプローチがすでに、始まっていたのです。・・・人類の知覚/知恵の偉大さに改めて敬服するほどです。それが、現代科学の最先端とどう結びつくのか、以下に記述する。

■はじめに、カスタネダ「ドン・フアン」の全シリーズを彼の経歴?と一覧にしてみよう。全11冊の刊行年代順は下記の通りである(内は日本での刊行年度)
島田裕巳著/カルロス・カスタネダより加工

特記事項のUFO記述やAmatoの個人履歴はお愛想?ですw

年度 C・カスタネダの経歴 著作と出版年度/★Amato特記事項:UFO関連(^;^:
1925.12.25 誕生年度説@:ペルー・カハマル/米国移民登録  
1931 誕生年度説A  
1935 誕生年度説B:ブラジル・サンパウロ生まれ、本人談  
1951.9.10 リマの高校卒業後、ペルー国立美術学校へ進学・カヤオからサンフランシスコへ入国LAへ:26歳/@

1946/10/091ジョージアダムスキー・パロマーガーデンにて巨大な宇宙船を目撃。

1947/06/24ケネス・アーノルド/レニア山上空を時速200kmで飛行する皿型の飛行物体:UFOを目撃空飛ぶ円盤と呼ばれる現象の始まり?

1955.8 LA・コミュニティーカレッジ入学:文学、美術創作専攻?:30歳/@  
1957.4 米国帰化嘆願提出:32歳/@  
1959.6〜9 6月コミュニティーカレッジで「オルダス・ハックスリー」の「知覚の扉」と「メスカリンを探す旅」、プハリックの「聖なるキノコ」に関心を持ち、オカルトに興味、心理学で準学士号を取得卒業。 9月、UCLA入学、フィールド考古学・人類学専攻/クレメント・メンガー教授の授業フィールド考古学専攻:34歳/@ 1959/06/27南太平洋のパプア島でボイアナ神父と原住民多数が円盤UFOから自分達に向かい手を振る数人の人?影を目撃。
1960.1〜8.9 2年越しのGFマーガレットと結婚したが9月離婚、彼女の友人でもあったUCLA図書館勤務のジョアンと交際。 マーガレット・やジョアンによれば、パームスプリングの居留地でカフィヤ・インディアンと仕事 をした後、コロラド川へ行き、幻覚性植物、ジムソン・ウイード(ダツラ)の呪術利用知識を知るインディアンと知り合い それが、UCLAの卒業論文に役立っことになった。
■この夏、アリゾナ州ノガレスのグレーハウンド・バスステーションで「ドン・フアン」と初めて、出会う:35歳/@
1960/06:カナダのヴァージニア・ホートンがUFOに誘拐される。
1961.6.21 ■ドン・フアンからの最初の教え:セッションが行われる:36歳/@

1961/06/02沖縄宮古島空港でUFOを目撃・航空自衛隊確認。

1961/06/21モスクワにて円盤型UFOに対してミサイルが発射される。

1962.9.7 UCLAで人類学の学士号を取得、卒論は「メキシコ・インディアンの薬用幻覚植物と呪術の文化人類学的、フィールドワーク報告?」『ドン・フアンの教え』出版の基礎となるレポート?
同月、UCLA大学院へ進学:博士号の指導教授/ハロルド・ガーフィンケル。生計はシルクスクリーンの工場でアルバイト継続か。:37歳/@
1962・07・17NASAパイロットのロバート・ホワイトがX15でテスト飛行中9300mの大気圏外でUFOに遭遇。
1965.10.29 ■ドン・フアンの最初のセッション:教え、4年半の終了?:40歳/@

1965・12・04NASAジェミニ7号飛行士がUFOに追尾される。

1966/10/21・・・Amatoベトナム反戦デモにて検挙?

1967/03・Amato大学卒業ww

1968.4.2 カスタネダが最初のセッションの内容を著作にした『ドン・フアンの教え』をドン・フアンに渡し、呪術の修行を終わりにしよう とドン・フアンのもとを訪れたが・・・・・
■ドンフアンの再び修行:第二期が開始される。

1969/07/20アポロ9号ニール・アームストロング月面へ人類初めて着陸の第一歩を・・

『ドン・フアンの教え』呪術師と私(1972)/カリフォルニア大学出版局刊行:書評アリゾナ大学人類学教授エドワード・スパイサー/Srエドマンド・リーチ/『ドン・フアンはヤキ文化を代表しないがペヨーテ・ダツラ・マシュルームの体験記録、ドンフアンと人類学専攻の学生とのかかわり記録については文学的・美学として実に優れている・・』⇒ベストセラーへ:43歳/@

1970.10.8 ■ドン・フアンによる呪術の修行再開、第二期修行の終了、2年半?:45歳/@  
1971.5.22〜10 ■ドン・フアンへの最後?の訪問と修行開始 『分離したリアリティー』呪術の体験(1973)/NYサイモン&シャスター書店刊行(以後の著作も):46歳/@
1972 ■71.5.22〜の修行でのカスタネダに起こった変化、修行の意味。:47歳/@

『イクストランへの旅』呪師になる(1974)

1973... ■ドン・フアンとドン・ヘロナが山頂から無限の彼方?へ旅立つ。カスタネダもパプリトとネストルと共に頂から 深淵に跳躍する。:48歳/@  
1973〜1981 ドン・フアンが消えた?後の後日譚?その後の2年間のドン・フアンの他の弟子たちとの交流:〜56歳/@

*Amato/!戦時中のタイへ旅行&結婚!28歳w/1973/10。

*1974/『力の物語』未知の次元(1979)*1977/『力の第二の環」呪術の彼方へ(1978)*1981/『ワシの贈物』呪術と夢見(1982):〜56歳/@

1974・月面有人着陸計画すべて・・・中止/Why?。

1975/ベトナム戦争終結。

1997〜1998.4.27 ドン・フアンの教えをカスタネダ、別角度、視点から考察、体の動きマジカルパス?
■最後の死を前にした 自分の人生を振り返りながら『無限の本質:活動的な側』をドン・フアンの教えの解説実践の総括として集約?。
■98.4.27死去。肝臓癌?カスタネダの代理人弁護士が死後2ヵ月後死亡を本人の意向?で公表。:72歳/@〜62歳/B
*1984/『内側からの炎』意識への回帰(1985)*1987/『意識の処女地』沈黙の力(1988)*1993/『超意識への飛翔』夢見の技法(1994)*1997/『呪術の技』(1998)*1998/『無限の生きた側面』呪術師との決別(2002)
    ★上記年代にUFOとApolloの記録を敢えて入れて見ました・・・・Why?
     

■彼の最終作『無限の本質:活動的な側』が1998年に米国で刊行され、その4年後に既刊の翻訳者真崎義博氏と異なり、結城山和夫氏翻訳で2002年に日本語版が 出版されたのだが、カスタネダ本人が言うように、ドンフアンから、人生を終えるにあたり 「自分にとって忘れられない出来事を完璧に物語れるように」と言われ自分 の人生をこの著作で語ると同時に、60年にドンフアンと知り合いになってからの13年間?の総括 を行った。
最後への旅立ちへの準備は人生の記録すべき出来事を収集し、 「無限の活動的な側」と呼ぶ実在の世界へ入っていく準備をすることなのだ・・・それは現代人が「死後の生?あの世」と呼ぶ領域なのだろうか。 ただ、翻訳者の結城氏や島田氏もあと書きや、終章で言うように、この著作はいままでの十冊とは明らかに趣が異なる、というよりは、奇妙な感じがする。この著作がカルロスの遺作であり、絶筆であれば尚更の事だが、小生も今までの10冊との関係 をこの遺作との関連でドンフアンの教え、修行の全てがようやく焦点を結び、見えて来たのです。
■ドンフアンが深淵へ跳躍し旅立った1973年、カスタネダ が43歳だとすれば、その後20年も経ってから、この遺作を書くまでドンフアンの教えだった人生の記憶すべき出来事 の収集をはじめたのだろうか?ドンフアンの過去のシリーズではこの、「最後の収集・準備」の話は出てこない。むしろ、「履歴を消す」という教えではなかったのか? 著者が死を直前にして心境の変化があったのだろうか?カスタネダの死が不明瞭で曖昧だからこそ逆説的に・・この著作が、意味をもつのではないか?創作!!としては楽しいのですが。
■カルロス・カスタネダはこの著作の終章で、ロサンゼルスのアパート自宅ベットで眼を覚まし、シップス・レストランで朝食を食べにいく・・・本当はメキシコで 「深淵」に飛び込んだ筈なのだが・・単純な「死を防ぐ位置へ自分の集合点」を動かし、自分の「内的沈黙」から、「意識の暗い海」に自分を飲み込ませ、ロサンゼルスの自宅へ帰ったのだという。 シップスの店でカルロスは一人の男に会う、以前からUCLAの構内を学生と混じってうろついている四十台半ばの復員軍人病院の外来患者で、精神に異常をきたしているらしい、その男が眼を丸くしてカルロスを眺め、そして悲鳴を上げる。 「あのひと、あなたのお友達なの?」ウエイトレスが聞く。「この世でたったひとりの友達なんだ」とカルロスが言う、そして、それは・・真実だった。もしも「友達」を、人がマトッテイル覆いの中身 を見抜き、その人が本当はどこから来たのか知る事のできる人間と定義できるなら。・・・でこの著作は閉じられている。 カスタネダ著作シリーズの最後を、前記したが・・・1972年処女作の『呪術師と私:ドンフアンの教え』の第一部、教えの数行を再度、ここに記してみよう。
■わたしのノートによると、ドンフアンとの最初のセッションは1961.6.23日になっている。それが教えの始まった時である。それ以前にもわたしは何度か彼に会っていたが、いつも観察者としてであった。 わたしは会うたびにペヨーテのことを教えてくれとたのんだ。彼はその度にそれを無視していたが、完全に忘れてしまうことはなかった。わたしはそうしたためらいを、彼が自分の知識をよりうまく話そうと しているのだろうと解釈した。

■処女作は人類学専攻の大学院学生のフィールドノートらしく・・・そして最終遺作の終章はまるで、小説か映画の一場面?のように文学的で、視覚・映像的な感じがする。そして、本人は断片的なカルロス・カスタネダ の自伝?記憶のジグソーパズルの断片を残して、「無限の本質」の彼方へ消えてしまった。処女作と遺作の乖離?人類学フィールドノートと小説・映画?散文風な結末? 人類学フィールドノートのリアリティー?を下敷きに10冊のドンフアンシリーズを愛読してきた小生や、彼のフアンは・・この遺作の示す意味を其々が独自に解釈し、再び、この世界と向き合うのだろう。この遺作に初めて?出てきたドンフアンの教え?話の新たな総括、関連解説を以下に列記してみよう。


★ @呪術師、シャーマンは修練と決意によって死後も個々の意識と意思とを保持できる。彼等にとっては「死後の生」と呼ぶ実在の世界(無限の活動的な側)がそこにある。その修練の具体的な方法の一つが「人生の記憶すべき出来事を収集すること」であり、それは自分の内部に存在するエネルギーの貯蔵物を揺り動かす手段・・・エネルギー集合点の移動?になる。「記念すべき出来事」とは、非個人的であるという暗い特質がある。足の裏は人間の履歴の貯蔵庫で経験のすべてが感覚として貯えられている。「記念すべき出来事」は人生の反復、追体験をスポットライトのように照らす先導者となる。

★A人間は誰でも二つの心を持っている。「一つは完全に自分自身のもの」で、かすかな声で絶えず秩序と、率直さと、目的意識をもたらしてくれる。「もう一つの心は外来の装置」で、葛藤と自己主張と、疑惑と、絶望をもたらす。二つの心は常に葛藤しているが、自分自身の本当の心はいつも敗北して暗い場所に追いやられている。それで、本当の心はめったに話しかけてこない。われわれが日々あらゆる事をするのに用いる心は外部の装置としての心だ。

★B二つの心の葛藤を解決するには、それを「意図」することが必要。意図は宇宙に存在する一つの力で大きく声に出してこちらへ来い、と合図する。だが、意図が来てくれるのは何か観念的なもののためだけ。呪術師にとって意図は安全弁のようなもの。

★C呪術師の望みは無限に到達し、それを意識すること。彼の仕事は無限に立ち向かうことで、毎日、漁師が海に潜るように無限の中へ潜っていく、それはきわめて困難な仕事なので潜る前に呪術師は名を名のることで、無限に自分が一個の人格を備えた存在であることを主張する。呪術師とは無限のエネルギーを意図的に直接見ている唯一の人間である。エネルギーとは「意識」の事であり、不変の流れ、光り輝く振動、停滞することなく動くもの。

★D無限:聖霊:意識の暗い海・・・とか呼ぶものは偶然のように見えるものも、この無限の活動的な側:意図によって支配されている。それは大気の震えであり呪術師はその意図を知り一体化する。かれは何一つ隠し立てせず、自分を空っぽにする。自我の砦を放棄する。

★E「内的沈黙:世界を止める」は呪術のすべてが生じる立脚点。内的沈黙とは、内的対話を中断した深い静謐な状態であり、ある意味では常軌を逸した行為こそが、内的沈黙を成し遂げる秘訣かもしれない。内的沈黙の核をこしらえ大きくする入り口は人それぞれ異なる。瞬間的な沈黙静謐でその入り口に達する者もいれば、1時間の静謐沈黙でも入り口に至らない者もある。内的沈黙とは判断の完全停止である。その瞬間に宇宙全体から発散されている感覚データは五感で解釈されることを止める。使用反復されている認識力も中止される。(座わり膝を曲げ、手でくるぶしを掴んで両足を引き寄せ、両方の足の裏をくっつける?と・・内的沈黙の到来を容易にする)

★F内的沈黙の活動を開始するには「破壊点」を必要とする。呪術師の人生の連続性が破壊される情況に到達すること。自分の履歴、すべての友人、知人や過去を消して戦士として呪術師の道を歩む・・・判断基準は無限のみだ。それが破壊点への到達。

☆G古代メキシコの呪術師たちは宇宙全体が輝く繊維の形をしたエネルギー場で構成されているのを観た。それらは輝く無数の繊維の流れへと自らの姿を変える宇宙の一定不変の力で「意識の暗い海」または「イーグル」とも呼ばれた。呪術師たちは宇宙のあらゆる生物は光を発する丸い点で「意識の暗い海」にくっついており、光を発する丸い点はエネルギーとして生物が知覚されるときに姿を現す。この光の点を「集合点」と呼ぶ。この「意識の暗い海:イーグル」によって宇宙の知覚(エネルギー)が集められている。

☆H人間の集合点に宇宙全体の無数のエネルギー場が輝く繊維となって集まり、貫通している。これらのエネルギー場が感覚データへ変換され解釈されて我々の知っている世界として知覚される。この変換は「意識の暗い海:イーグル」が行っている。集合点の周囲には暈のように広がる光輝がある、これが意識の輝きだ。

☆Iすべての有機体の五感と呼ぶものは意識の程度であり、五感が感覚データを解釈したのは意識の暗い海:イーグルである。「死の瞬間」に意識の暗い海が、集合点を通して生物の意識を吸い取る。だが・・・呪術師は自分の人生の出来事を克明に語り終えた呪術師にイーグルが相対した時に、一瞬、その意識を他の死者の意識を吸い取るのと同様にできず、「躊躇」するのを観た。意識の暗い海は人生経験というかたちで意識を奪いはしたものの・・呪術師の生命力(エネルギー)には手触れなかった。イーグルが欲しがるのは、われわれの人生経験のみでわれわれの生命力ではない。

☆J人間の二つの心のうち片方(真の自分の心)が常に沈黙を守っているのは、もう片方の力によって表現するのを禁じられているからだ。自分の過去の「記念すべき出来事」を先導者として、履歴や人生の経験の「反復」に使うのは、呪術師としての秘密の選択肢があるからだ。それは、「死ぬ場合の秘密の選択肢で言うと、自分の生命力を保持し、生活の産物である意識のみを放棄する」のと同じく、「自分の真の心を高め、表現させるために用いる」のだ。忘れられない記憶は真の心からのみ、やってくる。

☆K宇宙には二つの型の意識が互いに相手を侵害することなく共存している。有機体の意識と非有機体の意識だ、人間はこの対をなす世界の存在を意識していないが、自分達が抱く幻想はみなこの閾下の知識に源があり、われわれはひとりではないと言う事を考えたこともない。呪術師は宇宙全体からたくさんの存在が、意識は有するが有機体は持たない存在が降り立つのを気づく。この世界には両方の意識がぎっしり詰まっている。両方の意識は死:終焉にっよって人生経験が詰まっている意識の境界が破れて「意識の暗い海:イーグル」へ吸い込まれていく。呪術師にとっては、死は自分のエネルギーを残らず動員しての統一行為であり、肉体の死骸や腐敗もない。彼等の肉体はそっくりエネルギーに変えられてしまう、分解されない意識を有するエネルギーに。それでも肉眼では見えないが肉体の境界は機能している。

☆L呪術師が死の隠れた選択肢を選び、意識の暗い海:イーグルから逃れた後は、天国や地獄へ行く魂ではなく、「非有機体」的存在へと変わる。きわめて特殊化した光速の非有機体的存在、途方もない知覚の技を発揮できる存在へ。そして、無限が彼等の活動領域になる。彼等は戦士として意識の暗い海の旅人であり、地球は旅の途中で立ち寄る駅にすぎなくなる。

☆M人間には永遠の伴侶がいる。そいつは、宇宙の深奥からやってきて我々の生活の支配権乗っ取り、われわれを確実に操る。そいつは人間にとってでなくエネルギー体にとって好都合なようにお前を操る。人間はそいつの囚人であり餌だ。かれらは、人間の「捕食者」でもあり我々の主人でもある、彼等は人間を飼いならし、従順で無力な生き物にした。人間が抗議しようと独立して行動しようとしても、抑圧し、そうできなくしてしまう。彼等はわしら人間を捕虜にしているのだ。やつらが人間を乗っ取ったのは、人間が彼等にとって「餌」だからだ。かれらの栄養物だから無慈悲に搾り取る。人間が鶏舎で鶏を飼育するように捕食者どもは人間を人舎で飼育する。そうすればいつでも食い物が手に入るという訳だ。

☆N捕食者たちは、人間達へ信念体系や善悪の観念、社会慣行など、成功や失敗への希望や期待、夢などを仕組んだ。また強欲と貪婪と臆病とを与えた。人間を自己満足におちいらせ、型にはまった行動をとらせ、極端に自己中心的な存在にさせているのが「捕食者ども」なのだ。捕食者どもは自分の心を人間たちに与えるのだ、それが人間の自分の心になる。捕食者どもの心は粗野で矛盾だらけで陰気だ。そしていつも、いまにもこの企みが発見されてしまうのではないかと恐怖に満ちている。食料不安から飢えを恐れているのだ。その不安から、自分達の捕食者の心を人間の生活の中へ注入し、捕食者の都合の良いものにするのだ。

☆O人間はみな、エネルギーの輝く球体として、また光の繭を意識の光る上着として、プラスチックの覆いのように纏っている。この人間には見えない?意識の光る上着が捕食者どもの消費する食べ物なのだ。輝く繭の外側に意識の光る上着をまとっているのは人間だけだそうだ。その外側に露出した意識の上着があるがために、簡単に人間は異なる種類の意識の餌食になってしまう。この意識の上着は、人間の内省の中心でもあり、人間はみなそこに逃れがたく捉えられており、この内省につけこみ、人の意識の炎を作り出してそれを捕食者たちは冷酷に食いつくしていく。彼等はこの意識の炎を燃え上がらせる無意味な問題をわれわれに与え、この擬似意識のエネルギーを餌として食べ続けるために人間たちを生かし続けるのだ。

☆P捕食者どもにこの擬似意識の上着を食べられないようにするには、「内的な沈黙」で捕食者を責め立て、修練で光る上着が彼等の口に合わなくするのだ。ひるむことなく無限に立ち向かう修練と「内的沈黙」で「外部装置としての捕食者の心」は逃げ去っていく。捕食者どもは宇宙:無限?が人間を試すための手下:手段なのだ、われわれ人間は宇宙によって造られたエネルギー探測装置だとも言える。エネルギーを持つ人間は自分自身を意識:認識することで同時に宇宙の装置となる。

■ドンフアンシリーズの総括?を思いつくまま独断で述べたが、この最後の著作での概略は以上のようなものだろう。・・上記@〜P以外にも「夢見」や「盟友」など過去の著作にでてきたドンフアンの教えの再解説もあるが、ここでは以上で割愛する。

■乱暴で、簡略なまとめをすれば、驚くべき?は上記NoK〜Pあたりか?:『無限の本質:意識の暗い海』は宇宙の意思としてイーグルの姿で活動的な側を見せて人間を自己のエネルギー探測装置として利用している?・・人間の意思を光る繭:上着として機能させながら、配下?の「捕食者」に「餌」として「人間の意志」を与えるために無限からの偽の心を人間に組み込むことで人間を試している。人間はそれに気づかず二つの心の内省葛藤による擬似意思を彼等の餌として量産する・・という世界。
呪術師・戦士はそれを見抜き、修練「内的沈黙」他で真の自己の心による意思のエネルギーでできた上着で捕食者に食べられないように防備し、その集合点を移動することで捕食者の嫌う「破壊点」を自ら作り出し、破壊点による?人間だった時の自分の経験をイーグルに引き渡すが・有機体としての死を回避して・・・「非有機体的な意思を持つ生命体」として、「無限の本質:宇宙・・意識の暗い海」を旅する存在になる。
自分の履歴を消し去り、呪術師としての修行・修練はこの事を成し遂げるための全プロセスであった。それは無限を知覚するための、ペヨーテやダチュラ、メスカリートなど・・・の非有機体生命?「盟友の力:神経伝達物質?」の手助けにより、戦士として「内的な沈黙」視る力・他を習得する事だったのだ。遺作以外の10冊は人類学者がヤキインディアンの呪術師から、それ:「無限の本質」を知り、呪術師になるための意味、方策を各々、伝授された記録だったと言う事になる。

最後の著作は、まるでオカルト映画かシュミレーション冒険シナリオ・・・のようなものにも思え、ともすれば過去の著作との飛躍?に唖然とする点もあるが、それでも重要で鋭い視点からの問題提起が、この最終著作には含まれていると思う・・・それが22年間も著作を通じてつきあってきた著者への私の直感でもあり友情?でもあると思う。以下それを記して私の感想文の締め括りとする。

 

Eagle
Nagualism

◎ 70年代のカウンターカルチャーのある意味で象徴だった・・カスタネダは当時のアメリカ西海岸スーパースピリチュアルな世界や、変性意識?マリファナやLSDのドラッグカルチャー文化などとも大きく共鳴しブームとなったが、今も大気圏の外から「神の視点?」でこの世界の真実?を視続けているのではないでしょうか。 そして、21世紀初頭の近年、また新たな展望がひらけようとしているのです。
Caution!!・・このへんで、この読書感想に・・・理解不能?の「吐き気」を催す方はもう・・・この先を、読まないほうがあなたの「心と身体」のためだと思います・・・・・・・・・・。

◎KeyWords/リンク先:・・・などを以下に記して終わりとします。これは「ドンフアンの言葉の翻訳key」なのです。気が付いている「人」は、以下は常識?で、これを確認しなくても判ることだと思います。

◎■ドンフアンの教えと・・・・・『脳科学』脳の構造と『クオリア』『量子力学と意識、波束の収斂』『オカルトから科学へ』www・・・

◎脳幹を中心とした大脳辺縁系+大脳皮質・・この脳に神経細胞ニューロン千数百億(内大脳皮質は百億個)があり個々のニューロンは1万個の神経突起シナプスによりネットワークされている・・シナプスの総数は1千兆個!にもなる。大脳皮質の各部位に分布した体性感覚野の状態を人に見立てると小さな脳の中の人間・・ホムンクルスと呼ばれている、これが脳から視た自分:メタ認識の神の視点?。ニューロンはアミノ酸の仲間のグルタミン酸やギャバが神経伝達物質として使われる。ノルアドレナリン・セロトニン・ドパーミン・アセチルコリンなどが有名。

◎デカルトの・・「我思うゆえに我あり」・・・考えている自分を別の視点から冷静に観察モニターしている「もうひとりの自分」・・のワーキングメモリの指令センターは大脳皮質・前頭前野46野・・10野・9野・47野・・おでこの裏が「もうひとりの自分」の居場所。

■それでは、「人間の意識や心・・魂?」などと言われるものも結局は『脳内現象』にすぎず、科学的には単なる「ニューロンの塊」のにすぎないのか?フランシス・クリック(DNAの2重構造の発見者)やR・ドーキンズ(利己的遺伝子)の見解。

■だが、脳がニューロンという物質からできていて、その物質のネットワークから「意識」が生まれるもだとしたら・・単純なネットワークと信号があれば、どこにでも意思があっておかしくない。デビット・チャーマーズという若手哲学者が「サーモスタットにも意識がある」:と言ったが、「インターネットも地球も意識をもつ」という話に発展する。・竹内薫氏茂木健一郎氏との対話著作「脳のからくり」の中で、地球やインターネットが意識を持つ・・の話は「オカルト」ではありません。と言うより「オカルト」の原義は「隠された」ということですから、脳科学他の進歩によって、これまで隠れていた(説明のつかなかった)現象が明るみにひきだされつつあるのだ。と述べている。物質である脳がネットワークと信号で意識を生み出すとすれば(近代科学の要素還元的思考?が逆説的な結論を引き出す)サーモスタットにもジム・ラヴロックのいうガイア仮説・地球や宇宙にも意識がと言う結論になる。

■『クオリア』とペンローズの「量子脳」:ロジャー・ペンローズは・・「人間の意識は量子力学の波束の収斂によって生まれる」という仮説をだした。人間の創造性はコンピュータでは再現できない。脳の中のニューロンは普通のコンピュータでもできる計算もやっているが、計算不能なこともしている。それが『意識』であり。意識の証拠として『クオリア』があると言っている。『クオリア』=「意識」を構成する経験の媒体メディア・・・・『質感:qualia』・・・クオリアとは「意識」の基本単位でごく当たり前の「赤い薔薇を見つめるとき」「青い空を白い雲が流れているのを見たとき」「花火が打ち上げられた瞬間」・・etcの「質感」をその・・・「感じ」を言う、これ(意識・心)は確かに計算不能だ。偶然の確率的変動で波束が収斂する量子力学も計算不能だから・・意識と波束の収斂はとは関係があるのだろう・・がペンローズの仮説。

■竹内薫氏は現在、「脳科学」というまとまった学問分野が生まれ、学際横断的に解剖学・神経科学・医学・物理学・コンピュータ化学・哲学・・・といった領域を統合し、一つの糸に収斂しつつある。人間の脳は進化して、とうとう、自らの構造と機能を研究しはじめた。コンピュータの自己解析と同じです。脳が自分の脳の中身(配線)を調べ始めたのです。自分の正体を知りたくなったのです、自分の存在自体を不思議だと思うようになったのです。・・・と言っている。

■さらに竹内氏は、脳が世界を見て、感じて、それを「意識」する・・・このことこそ、最大のミステリーであり、脳科学の醍醐味。意識や神について語ることがオカルトである時代は終わりを告げた。それはまともな科学の領域にはいりつつある。脳に似たネットワークさえあれば、ガイアであれ、銀河であれ、程度の差こそあれ、みな「意識」をもつのだと私は考えています。人間の脳は、いつの間にか、本来の「世界を写し取ってふたたび創る」楽しみを奪われ、半ば強制的に、最大効率で情報を注入されつづけるはめに陥りました。・・・宇宙のものはすべて関係性のネットワークとしてからみあっている。その関係性から意識が生まれる。関係性のネットワークそのものが意識なのだ・・・宇宙には鋭敏な意識から散漫で希薄な意識までさまざまな意識のレベルがある。・・・・とも述べています。

■結論は言わずもがな・・・でしょう。竹内薫氏や茂木健一郎氏の脳科学や哲学の最先端と「ドン・フアンの教え」シリーズが随所で単なる?オカルト??的偏見をこえて共鳴し、シンクロしはじめているのです。カルロス・カスタネダを22年間に亘り愛読してきて誤りではありませんでした。
先端の?ペンローズやチャマーズなどが言うクオリアや波束の収斂?等の仮説は先行して、ドン・フアンの言っていた事とは、表現上の違いは在っても、恐らく本質では矛盾していません。今、私は改めてドン・フアンの実在?を確信し始めてています。脳科学の最先端や量子力学でも・・「クオリア=意識」の謎は未だにスタートラインでしょう。仮説も今後・・多々現われるものと思います。

■「意識」が全て脳内の物理現象だけではなく?・ドン・フアンの言うように、外部にも「意識の暗い海:イーグル」として存在し、更に、「捕食者」が人間の意識を「餌」として・・・の世界もあながち荒唐無稽オカルトではない、リアリティーのある世界かもしれません。 「脳」はレーダーや、双眼鏡のように、指向性(意図)を持った目標に焦点を当てることで、像を結ぶ、またはTV受信機のように好みのChに合せる『受信機』の機能も兼ね備えている?可能性もありそうです。今後、意識とともに、UFOなどの説明不能な現象がますます・・面白くなりそうですね。

■ドン・フアン、シリーズの『無限の本質』や、ドンフアンが60年前にアリゾナ州の砂漠でカスタネダに体験させたペヨーテやダチュラ等による変性意識、異次元体験の南米アマゾンでのリバイバル?のような、ベストセラー作家Gハンコックの最新作?『すべての起源は異次元:スーパーナチュラルにあった』などについても・・・UFOや、超常現象と併せて「脱オカルト偏見」の視点から竹内薫さんや茂木健一郎さん達に科学的?論評をしてもらいたいものです。

呪術師ドン・フアンや「意識・心・神?」に興味をお持ちになった方は、是非、下記;関連書籍を参考にごらんください:まとまりのない読書感想をここまで・・お読み頂きありがとうございました。

@「脳と仮想」:茂木健一郎著(新潮社)A脳内現象<私>はいかに創られるか:茂木健一郎著(NHKブックス)B脳のからくり:竹内薫・茂木健一郎共著(新潮文庫)C心は量子で語れるか:ロジャー・ペンローズ(講談社新書)■南米インディオのシャーマン呪術師から・・アヤワスカ(DMT)による異次元・・脅威の体験!あのグラハムハンコックの最新作「すべての起源は異次元にあった」(徳間書店) ★全11冊のドン・フアンシ:リーズなど・・・蛇足ですが、「モンロー研究所のヘミシング」やサンタフェのスパコンを駆使しての「複雑系」・「人工生命」「量子コンピュータ」なども大いに脳科学や意識に関連がありそうですWwww・・・。
☆以下のYouTubeでスピリチュアルと物質世界との接点?課題の一つアワヤスカ(DMT)による編成意識の世界をご確認ください。

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